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撃ち殺された。
最初の一発は完全に不意打ちだった。あの人が抵抗はおろか反応も出来ずに絶命するとは誰も予想していなかった。 即死。あまりにも呆気ない。 あれほど苦労させられた、あれほど苦しめた存在が、たった一発の弾丸でいとも簡単に事切れたのだ。 人間は、こんなにも脆い生き物だったのか。 次いで二発目。 これは反応した。流石だった。流石幾度も恐るべき力を見せつけてきただけはある。 でも、無駄。 人間がどれだけ鋭敏に動こうが、どれだけあらかじめ躱そうとしようが、音速を超える銃弾から逃れることはできず、やはり一撃で死んだ。 三発目。 なんて正確なんだろう。あんな才能を持っていたことに、俺は驚愕を禁じ得ない。 悲鳴なんて上げる暇もない。そのまま苦悶の顔と共に死んでいく。 死んだ。 死んだ。 次々と発砲される鉛の殺意。 それに抗える者など誰もいない。 だから俺の心臓に弾丸がめりこみ、骨を砕き、血を噴き出させたとしても、それはもうどうにもならない未来なのだ。 最期に俺は彼女の顔を見る。 なんで泣いているのだろう。 どうしてそんな顔をするのだろう。 人を殺しておいて、なぜ……あんなにも、辛そうな顔をしているのだろう。 もっともその問いの答えを知る前に、俺の命は降りしきる雪の中に埋もれ、瓦礫のように消えていくのだろうが。それから俺たちは幾度かの休憩を適宜に挟み、旅を続けた。 温度計は持ち歩いていないからわからないが、急に気温が低下したようで、毛皮の帽子を被っていても頭がキーンとするほど寒い。脳がシャーベットになりそうだ。 鼻毛が凍る。マスクをして、その上にマフラーを巻いても寒くて寒くて仕方がない。もはや夏を思い出すことが出来ない。全身にカイロをつけ、唐辛子を塗りたくっても寒さを防げない。あまりにも馬鹿げた寒波が俺たちを襲った。 空はいつの間にか灰色の雲が覆い尽くし、雪が降り始める。 風がないことだけがせめてもの救いだった。 誰も、何も言わなかった。喋るとそれだけカロリーを消費するからだ。 先程の会話でいずみが言ったように、天変地異も定期的に発生するようになる。その度に大地はひび割れ、瓦礫は滑り落ち、いつもならスタスタと歩けるはずの大通りが、ひどく通りにくいものになる。 スパイクを履いていても足下が滑る。地震はひっきりなしに起こる。歩いても感じられるということは、震度は五くらいあるだろうか。 これでブリザードが吹き荒れたら最悪だ。急がないといけない。 でも焦るとそこに待っているのは死であり、ゆっくりと、慎重に、丁寧に、俺たちは瓦礫やクレバスをくぐりながら駅ビルへ向け、一歩一歩進んでいくのだった。 だがやがて体力の限界にさしかかる。腕時計を見ると夜の九時。空があまりにも白いからわからなかった。そんなに歩いていたのか。 場所は公園。といっても木々が生い茂り、散歩コースがあるような自然公園ではなく、滑り台やブランコがある、ごく普通の公園だ。 だがそれでも周囲には家々やビルがないため、瓦礫と言えるのは公衆トイレの残骸くらいのもの。俺たちはここでビバークをすることを決めた。 「ご飯、できた」 由那が火をくべ、テキパキと人数分の食事を振る舞う。大量の缶詰、カロリーメイト、スープ、チーズ、チョコレート、さらに白湯。水分は沢山取った方がいいとのこと。 「あ、ありがとう由那……手際いいね」 「慣れてる」 「そ、そう……」 何故慣れているのかはわからないが、あまり深く
「ためらいがあったな。僕としては、いや、我々としては死ぬのは嫌だ。どうしても死にたくない。そして僕には僕の考えがあった。文明を再興するという、ね。わかるか?」 「……何が言いたいんだ?」 「帰るなら今のうちだと言っているんだ。どうなんだ? 僕はもう皆からの信任がない以上、強制が出来ない。したって誰も付いてきてくれないからだ。だが、田下、君がやめようと一言言えばそれで終わるんだぞ? この意味わかるよな?」 「…………」 わかる。墓川の言わんとしていることはわかる。 だから、俺は言葉を選ぶ。選んで、選んで、選んで。 その間の沈黙がしかし、墓川の顔をどんどん渋くさせていく。 まずい、そう思った、瞬間。 「行こ」 由那が、救いの手を差し伸べてくれた。 「天藤……」 ぎろりと由那をねめつける墓川。 だが、味方になってくれたのは彼女だけではない。いずみもだ。 「墓川、あんたの気持ちもわかるよ。でもさ、もう箱船にはいられないの、最近の低下していく気候でもわかるっしょ? 天変地異もさ、ここ半年なかったじゃん。今日来たよね? 明日も来るかも知れない。いや、数時間後に来るかも。ラストフィナーレの時みたいにさ、ひっきりなしに来るかも知れない」 「……香坂」 そして二人のお陰で、俺もやっと言葉を組み立てることが出来た。 言葉という名の弾丸を、それを装填し、墓川に向けて発射する。 「墓川、俺の意見を言う。確かに百パーセントとは言わない」 「なんだと?」 「何故なら俺は見ていないからだ。黒い渦も、そして、ラストフィナーレも」 「貴様……」 「でも、墓川の言う文明の再興は無理だ。いずれ俺たちは死ぬ。それは九十パーセント以上だと思う。缶詰探したり、畑で野菜をちょっとだけ育てたくらいじゃ文明は作れない。いずれ缶詰は手に入らなくなるし缶詰にだって消費期限はある。数年後には缶詰も食えなくなる。獣がいないからタンパク質が取れない。この寒さじゃ稲は育たない。野菜だけじゃ人は生きていけない。それは仮に全球凍結がなくても起こりうる未来なんだ」 墓川の隠
ロープの最上段まで辿り着くと、皆が安堵の色を持って出迎えてくれていた。 嬉しい。素直にそう思う。 だが、その気の緩みは花香にもあったようで、はしごの上に戻った彼女はバランスを崩し、再び奈落へと―― 「くっ!」 「墓川!」 墓川が、咄嗟に花香の手首を取った。 「塔月。手を離すな。僕が引っ張る……」 「あ、た、助け……助けて……」 甘えている? 違う。これは悲鳴だ。花香時代ではあれほど平然としていた彼女でも、一度助かった安堵から再び奈落に墜ちるとなれば、その精神は穏やかではいられない。 人間は本質的に弱い生き物だから。 となれば黙って見ているわけにはいかない。俺は面木にはしごを持たせると、花香と墓川の元へ大急ぎで進んでいく。 怖いとか、また墜ちるのは嫌だとか言っている場合じゃない。 「わかってる! 待ってろ!」 そう叫ぶと、墓川は嬉しそうに笑った。一人では無理だということだろう。 「私も」「ん」 さらにいずみと由那もついてきて、四人で花香を何とか引き上げることに成功した。 「はぁ……はぁ……あ、あああ……」 助かった花香は泣きながら――失禁していた。 「漏らしたか……やむを得ない」 墓川はそう言い、改めて花香にクレバスを渡らすのだった。 ただクレバスを渡るだけで一時間以上かかった。 たった十メートル。ひとまたぎ、走れば一秒。 最初からこんな調子で果たして、目的地へとたどり着けるのだろうか。 どうしようもない不安が、鉛のようにのしかかるのだった。 そんな時だった。 「なあ、田下」 「な、なんだ墓川?」 墓川があまりにも暗い口調で訪ねてきたので、少しぎょっとしてしまう。 「今僕らは死の淵に立った。おそらくこれからも立つだろう。だからこ二つ聞きたい。一つ、黒い渦は本当にあるんだな?」 「ある。間違いない」 これは即答した。しかし墓川の猛攻は止まらない。 「もう一つ、世界は本当に終わるの
「あたしさあ、みんなとちょっと違うんだよね」 「というと?」 ただ、花香の話を聞いていると、ほんの少しだけ気が紛れる。それが嬉しくて、俺は素直に付き合うことにした。 「ラストフィナーレの時、あたしはシェルターにいなかった」 「え? それで、どうやって……」 「友達とダベってた。そしたら月が破壊されて、衝撃波で学校吹き飛んだ。だけど、あたしは数秒前にそれに気づいたから」 「…………」 「友達をクッションにして生き延びた」 「…………」 それは、花香のトラウマであり、罪だった。 心を押し潰さんばかりの罪悪感が、彼女の音吐にどうしようもないほど篭もっていて、俺は何も言えなかった。 花香は続ける。 「田下。あんたがさ、他の世界から来たってのは、実は理屈じゃなくて何となくわかるんだよ。理由は簡単。あんた、終末慣れしてないもん」 「終末、慣れ?」 地球酔いに続いて新しい言葉に、俺は困惑する。 しかし花香はなんてことのないように頷く。 「そ、終末慣れ。宮一の連中もさ、なんだかんだ生き残ってるから少し壊れてるっていうか、頭おかしいのね、みんな」 「…………」 「でも、あんたは普通なんだ。まともなんだ。でもそれはさ、この世界じゃおかしいんだ。ありえないんだよ」 「……なる、ほど、な」 確かに一理あった。 この世界は異常だ。狂っている。 だから、狂ってないと生きていけないのだ。 「あーあ、眠くなっちゃった」 「こ、ここで眠れるのかよ、お前は……」 でも、俺はどうやってもここまでは狂えない。 「田下はほんと普通だねえ」 あはは、と花香は楽しそうに笑った。 それはまるで、昔懐かしの旧友に出会ったかのようで、瞳の中にはいささかの曇りもなくて、こんな状況だというのに綺麗だと思ってしまうほどの透明度を誇っていた。 もっとも、クレバスの底で風船化した死体の山で命を繋ぎ止めているという状況でその顔をされると、たまらない恐怖を覚えるのだが。 ああ
………………。 …………。 ……。 ホワイトアウト。 「く……、う……こ、ここは……」 花香を助けようと手を伸ばし、そのままクレバスの底に墜ちた俺は、ゆっくりと意識を取り戻す。 不思議と、体は痛くなかった。どれくらいの高さかはわからないが、怪我をしていないというのはどうにも違和感がある。 何故だろうか、わからない。 ただ――臭い。 なんだ、この臭いは? ドブのような臭いがする。 今がラストフィナーレ後でなければ虫が湧きそうな悪臭だ。鼻が曲がりそうどころか砕けそう。吐き気がする。 俺は首を振りながらゆっくりと身を起こすと、花香は俺に気づいたようで、ふん、と鼻で笑いながら天を仰ぐ。彼女は体育座りをしていた。 「最悪。こんなところ、出られないじゃん」 「クレバスの底か……」 尻に伝わる感触が不思議なくらいグニャグニャしている。どうもなにかクッションがあったらしいが、それが何かはわからない。えらく柔らかく、しかし弾力があまりない。 ゴムボールやマットではないようだが、これはなんだろうか? 暗くてどうなっているのかわからないのが残念だ。 「…………」 と、花香がじっとこちらを見つめていることに気づいた。 何やら思案顔というか、暗くて判別は難しいが、考え込んでいるのは何となく伝わってくる。 けれどどうしてそんな顔になるのかは皆目見当もつかないので、 「ん? どうしたんだ?」 と素朴な疑問を口にした。 途端、花香が俺の胸元に飛び込んできたではないか。 「ありがとう田下くん! 田下くんのお陰で助かったよ! ほんとありがとね!」 「……なっ!」 あまりにも唐突な行為に、俺は開いた口が塞がらない。 こんな時に何故こんな態度をするのか。 いや、花香の異常性について、俺は出会った当初から感じ取ってはいた。時折片鱗も見せていた。 ただ、面木や墓川のような暴力性を伴わないからスルーしていただけだ。 彼女は、異常だ。
次に渡ったのはいずみだった。 「じゃ、私も……う、こ、これは……ねえ、子供たち、どうやって渡らせる?」 「……後で考えよう。今はとにかく渡ることを考えて」 「う、うん……ひい」 ぐらっと揺れるはしご。死ぬ気で押さえる。墓川と俺が全身全霊の力を込める。それでもはしごは揺れる。風がちょっと吹いただけで恐怖で身が竦みそうになる。 まさに地獄の旅路であった。 なんとかいずみも渡り終えると、次は面木だ。 「ケッ、ざけんじゃねえよ」 面木もはいはい歩きだ。かっこ悪いと思ったのか少しだけ上半身が浮いている。こんな所で見栄を張らなくてもよかろうに。 突っ込みたかったが集中力を削がすにはいかないので黙っていると、面木は割かしあっさり通過した。 ……やっぱり俺がチキンなだけか? 次に渡ったのは花香。 だが、ここで問題が生じた。 「あたしにここ通らせるのかよ……ひっ! あ、ああ……」 花香は俺以上に怯えていた。涙をこぼしながら一歩も進むことができず、一メートル進んだだけで止まってしまった! 「花香!」 俺が叫ぶが、花香の耳には届いておらず、「あ、ひ、ひぃ……」 と蚊の鳴くような鳴を上げるので精一杯のようだった。 仮説。 「もしかして、花香って……高所恐怖症なのか?」 「え……それって……」 いずみの顔が青ざめる。 その直後だった。 「ひ、ひい! きゃああああ!」 バランスを崩し、花香がはしごから転落してしまう。 「花香!」 俺が叫び手を伸ばす。だが、それがまずかった。地球の引力に導かれ、花香もろともそのままはそのまま奈落の底へと墜ちていくのだった。







